地域で働こうと思ったきっかけを教えてください

私は急性期(症状が急に現れる時期、病気になり始めの時期)の総合病院に10年以上勤めていました。脳卒中を発症したばかりの方や、脚を骨折して手術をされた方など、病気の治療や外傷に対する手術のためはじめに入院する病院で、作業療法士としてリハビリテーションに従事してきました。急性期から早期に介入することで心身機能が改善したり、急性期であってもできるだけ身の回りのことが自分でできるよう動作を練習したりと、作業療法を通して患者さんと関わってきました。その中で、「病院で練習してできるようになったことが自宅でもうまくできているのだろうか?」「生活の場に戻った時にその人がしたいことは何か、その人らしく生活するとはどういうことだろうか?」と疑問に思いました。それが訪問リハビリテーションへのきっかけでした。

地域(訪問リハビリ)への
不安はありましたか?

長い病院勤務だったため、患者さんの「その人らしさ」を大事にしたいと思いながらも、病院という患者さんにとって馴染みのない場所で医療者としての関わりに慣れてしまっていたため、ご利用者にとって馴染みの場所である在宅でうまく関われるかという不安がありました。また、訪問時は独りであるため、状態急変時など病院のように他のスタッフがいない中で対応できるかという不安など、大きく異なる環境の違いに対する不安はありました。

サポート体制について
どう思われますか?

はじめに「フレッシュスタートプログラム」という初期研修があり、新卒の人から経験者の人まで職種も問わず、訪問リハビリテーションのことはもちろんのこと、会社の考え方から事務的な細部のことまで詳しく説明を受けました。まだ1年を通してのすべての研修は受けていませんが、定期的な研修スケジュールが設けられており、入社時から「きちんと研修体制を立てている会社だ」と思いました。

地域・訪問リハの
現場に出て感じたことは?

やはり「病院ではない」ということですね。当たり前ですが。ご利用者が病院でできていたことが自宅では「できない」もしくは「しない」ということ。「環境の違い」と「その人の価値観」が生活の場では大きく影響します。例えば、「病院の浴室ではバリアフリーで入浴動作が独りでできても、自宅の浴槽は深くて低いため行う気になれずシャワー浴で済ます」「リハビリテーション室の台所で調理ができても、自宅の台所は動線や調理家電の配置が異なり難しい」など、退院前に環境調整をしていても、実際に行えるようになるには、何度も環境を調整したり、手順を練習したりする必要があると感じます。

また、「入院中は練習したけど、これは別に自分でできなくてもいい。」と獲得したい動作をご利用者が選別されることがあります。これも「価値観」というその人らしさと感じます。その点で、「以前通っていたあのお店にもう一度行きたい、行ってあの人に会いたい」「自宅でこれはできるようになりたい」など、その人の思いにストレートに寄り添い、実践できるその場所で動作方法を検討して練習したり、環境を調整したり支援できるところは訪問リハビリテーションの魅力だと感じます。このため、療法士が「獲得すべき動作」として押しつけるのではなく、その人の1日、1週間、1ヶ月、1年と続いていく生活の中で、価値観に沿った動作獲得を話し合いの上で目標とすること、そのために病院で培った医療的知識と作業療法を訪問リハビリテーションに活かしたいと考えます。

これからについて

訪問リハビリテーションに携わりたいと思ったのは、作業療法士として治療的な介入だけでなく、 その人が暮らす場所で、作業を通してその人らしい生活が送れるように支援したいという思いからでした。作業とは、日本作業療法士協会が定義している「その人々にとって目的や価値を持つ生活行為」であり、その作業に焦点を当てる治療・指導・援助が作業療法です。私は長い病院勤務の経験とまだ浅いですが訪問リハビリテーションを通して、病院を退院してから自宅の生活に適応するまでは継続したリハビリテーションが必要だと考えます。医療と介護のシームレスな連携が重要なことは言うまでもありませんが、病院から退院して自宅での生活が入院前と同様でなくても、環境や価値観を見据えた上でその人らしく暮らせるよう、医療技術者としても生活の支援者としても関わり、病院から自宅へソフトランディングできることを支援したいと思います。

私たちの働き方